〜母のこと〜

oyumi2010-07-28

たまにはいいか

娘バカチャンリンですが、美人で才女でもありました。
(女学校時代のお友達と、真ん中です。 写真はあまり良くないですが)

私、父のコピーで、小学4年の時、役所の守衛室の前に立っただけで、Wの娘さん!と当てられた悲しい思い出が


『oyumiちゃんは、そのまままでいいの』
高校時代、特に冬休みはアタクシお餅のように必ず丸くなるのであります。
それを面白がって『一寸触らせて』と私の頬をツンと指で。
≪娘18といって、その頃になると自然と細くなるから≫信じた私がバカでした。
でもね『ダイエット』に関しては常にNOでした。
体に良くないって、、、そして私の頬を楽しそうに、指で突いて。。。


母は超敏感肌で、化粧、石鹸かぶれが酷く、常にノーメークでした。よほどのことがあると、薄く口紅さす程度でしたが、それがとても美しく毎日そうであってほしいと、せがんだものです。

「oyumiちゃん ポカーン」
子供のころ良くいわれました。
無意識に、口があいてるとき、、、
子供を持って知りました
≪これだ〜〜〜!!≫


「oyumiちゃん ここ」といって、母の顔の一部を指差すことがありました。
それは 眉間と口角
眉間に皺寄せたり、口角が下がってるときでした。
もしも、娘がいたら、多分私もやってたかも。


母は長い黒髪を後ろで丸めてました。
そのお団子は(私はそう言ってました)時代と共に
多少の変化がありました。

50代になった頃かしら
自慢の黒髪にも白髪がチラホラ
「あら 一寸ここ抜いて」
母の白髪を抜いてあげてた期間は、そう長くは続きませんでした。
56歳で、お花畑があるのだと、私達子供に話してた天国とやらへ旅たち、今 私は母の年齢を超え、
母よりも白髪が増えていくことに、
《親孝行しているぞ》ひしと実感しているのであります。
そして、白髪をおおいに楽しんでいるのであります。チャンチャン。